日本におけるFacebook普及時の回顧録
私がFacebookにはじめて登録したのはおおよそ今から10年前ほど前だったと思います。
FacebookというSNSがあるというのを耳にすることが多くはなっていたのですが、当初は全く興味がありませんでした。
しかしながら、当時勤めていたウェブ制作会社内で「社内のコミュニケーションにFacebookを活用する」という方針となり半ば強引に登録をさせられたのです。(結局ほとんど活用されませんでしたが)
Facebookというサービスに関する当時の私の印象は、「昔の知人と繋がることができるサービス」というものでした。
不特定多数の人間同士が繋がるSNSはMixi(ミクシィ)がありましたし、現在関係のある人間とのコミュニケーションであればわざわざSNSを通して行う必要性はなかったわけです。
ですから必然的に現在は繋がりが切れてしまった昔の知人が今どうしているか知ることができる・・・という点がクローズアップされて見えたということだと思います。
ただ、私としてはわざわざ実名登録してまで「あの人はいま」を知りたいとは思いませんでしたから利用する気はさらさらなかったわけです。
ですが、当時世の中はそれほど魅力のないこのサービスを不自然なほど盛り上げていたように記憶しています。
そうこうしているうちにいつの間にか普及をしていたというのが実感です。
実のところ、私は未だにこのFacebookという企業がなぜここまで巨大になったのかを理解できません。
登録はしたもののその後Facebookを開いて誰かとやりとりをするようなことはほとんどありませんでしたし、周りの人に聞いても多くの場合同じ回答が返ってきます。(ビジネス目的で活用しているケースは聞きますが)
ほぼ使わないので個人アカウントは削除したいところですが、最近はFacebookアカウントでログインできたり、インスタグラムやOculusが傘下に入ったことからアカウントはそのまま残しているといった状態です。
数あるSNSの中でも純粋にFacebookというサービス自体がなくなって困る人はさほどいないのではないかと思っています。
これが私がFacebookに対して感じている率直なところです。
ですので、消費者向けのサービスという観点から見ると、Facebookというサービスは初期に淘汰されてもまったく不思議のないものでしたが、もし仮にこれが全人類のデータを収集するという目的をもった事業であったとすれば人類史において非常に重要な役割を担う事業であると考えることができます。(良し悪しは別として)
こういった事業コンセプトであればもしかすると投資を惜しまない資産家もいたのではないかと思います。
Facebookの創業について詳しいところは知りませんが、当時フェイスブックが日本に上陸したときの印象とその後の利用状況などから少し思うところを書き残させて頂きました。
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